親友の犬の こむが亡くなって早4ヶ月。この間、毎日々々こむの事を思い出し、こむの事を考える日々でありました。こむと私は17年もの永きに亘り、雨の日も風の日も一緒に散歩に出掛けておりました。こむが居なくなった今は、一人でウォーキングをしているのですが、家から半径5Km以内は至る所
こむの思い出だらけですので、ペットロスを克服する為に始めたウォーキングだというのに、結局、毎日こむの事を思い出して涙ぐんでしまうのです。
千葉で捕獲されていた犬を縁あって引き取り、毛が小麦色だった事から こむぎと名付けました。市役所に届け出た正式な名前は「こむぎ」ですが、私たちはこむぎと呼ばず、ほとんどの場合、彼女の事を「こむ」と呼んでおりました。
毎日々々散歩に出掛け、そのほとんどは5Km以上のロングなものでありました。こむは本当に散歩が大好きな犬だったのです。
10歳を過ぎた頃から、それまで無尽蔵に歩けていた こむが、散歩の途中で「そろそろ帰ろうよ」と云うようになってきました。あれ程散歩が好きな犬でも、寄る年波には勝てなかったとみえます。
その頃私は通勤用のスクータを買い換えて、こむと安全にタンデムが出来る環境を整えました。こむはバイクに乗って出掛け、そこで散歩を楽しみ、またバイクで帰ってくるというスタイルを手に入れました。一度に歩ける距離は短くなってしまいましたが、バイクの力を借りて、こむの行動半径は逆に広がったのであります。こむは八王子の小山内裏公園とそこから続く遊歩道、通称戦車道が大好きでした。多摩ニュータウン通りをこむと二人乗りで走っていますと、いろいろな車の方が手を振ってくれたものであります。こむは嬉しそうな表情でバイクに乗っていましたからね。こうした手を振って下さる車の中には、南大沢警察署のパトカーも入っていました。こむはある意味、街の名物犬だった訳であります。
こむとの楽しい日々は、まるで永遠に続くかのようでありました。途中、こむが緑内障を患って失明したりしましたが、リハビリを続けて、またバイクを楽しめるまでに回復を果たす事が出来ました。朝起きて、こむに「散歩行く?」と聞くとまるで「行く!!!」と答えているかのような仕草で大喜びを致します。こむをバイクに乗せ、飛び出し防止用のベルトをハーネスに繋いで、毎朝々々私とこむはバイクで散歩に出掛けたのであります。
歳月は飛ぶように過ぎた
ニコラス・スパークス著、雨宮泰訳「きみに読む物語」(アーティストハウス)からのお言葉です。あっという間に17年もの年月が過ぎ、こむの膵臓と腎臓の数値は急激に悪化して、ご飯を食べなくなってしまいました。それでも「散歩行く?」と聞くと「行く!!!」と答えるほど、弱っていても
こむは散歩大好き犬だったのであります。
こむが亡くなり、Yas家には犬も猫も居なくなってしまいましたが、もう新しい家族を迎え入れようとは考えておりません。私ももうすぐ還暦で、今新しく子犬を飼い始めたとしても最後まで責任を持って面倒を見られる保証がないからであります。それに、新しい犬など居なくても、こむがたくさんの思い出を残してくれましたからね。
こむ、いつかは父ちゃんもそっちへ行くのだから、またきっと会えると分かってはいるのだけど、こむの居ない生活は寂しくて寂しくて、こむに会いたくてたまらないよ。
【来週をお楽しみに】
「今週のお言葉」の目次に戻る
「やすなべの目次に戻る」