存契約回線の事で相談をしようと、高幡不動駅前のAUショップを訪れた時の事であります。この携帯ショップ、いつ行っても混んでいて、30分〜1時間待ちなんてザラ。この日はどうせ暇でしたし、読みかけの小説も鞄に入っておりましたので、待ち時間をあまり気にせず、本を読みながらゆったりと順番を待っていたのでありました。
斜め前のカウンターではスーツをばっちり着込んだ、歳の頃40台半ばと覚しきビジネスマンの方が、新規契約でしょうか、カウンターの店員と話をしています。キリッと縁無しの眼鏡を掛け、いかにも仕事が出来そうな雰囲気。おっと、腕に光るはロレックスではありませんか!すげ〜、島耕作みたい。
「ちょっと技術的な質問があるんだが」 とロレックス氏が切り出しています。ふむふむ、これだけのデキる男の質問です。さぞや核心を突いた高度な質問に違いありません。机の上に広げられたパンフレットから推測するに、ロレックス氏は、どうもiPhone6を御所望のようでありますよ。私は、このデキる男の反応に、興味津々で聞き耳を立てたのでありました。
「このマシン、ウィフィはどこに差し込むのかな?」 へ? ウィフィ?ウィフィって何?。店員さんも目を白黒させています。「ウィフィだよウィフィ」と云いながらロレックス氏はメモ用紙に何やら書き付けて、店員に見せています。「ああ、お客様、WIFI(ワイファイ)で御座いますか」、「何だウィフィの事を最近ではワイファイと云うのか」
キリットした身なり、理知的な眼鏡。ドラマの世界から抜け出してきたような、一見エリートとしか思えないこの方が、まさかビジネスツールの中心的存在であるデジタルデバイスに関する知識がほぼゼロとは。しかも知ったかぶりまでしちゃってるし。
彼らは何も悪くない。私の拭いがたい偏見がいけないのだ。
西加奈子著「まにまに」(KADOKAWA)からのお言葉です。勿論店内にいる誰もが聞こえないフリをしていますが、ほぼ全員がなりゆきを見守っているのは明白。私も笑いをこらえつつ聞き耳を立てます。知らないのなら素直に店員に聞けば良いのに、知ったかぶりをするから恥をかくのでありますよ。ご存じの通りWIFIは無線LANの事。無線ですから勿論どこかに何かを差し込む事なんてありません。
「お客様、最近はWIFIは無線化されるようになりまして、こちらの機種ではケーブルを差し込んだりしなくても大丈夫なようになっております」 おお、上手い切り返しです。まさに接客業のかがみ。多少の方便は使いつつも、お客さんをへこませる事無く、それでいてきちんと機能を説明していますものね。キリッとした格好のビジネスマンはデジタルデバイスにも強いに違いない、というのは、私の思いこみというか一種の偏見だった訳ですが、実際のところ、かな〜り吃驚仰天の出来事だったのでありました。
【つづく】
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