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  今週のお言葉  

 学を卒業し就職した会社には独身寮が完備されていて、安い寮費でそこに住めるのは当時大いに魅力的な話でありました。あの頃は学校を出たばかりで、本当に貧乏でしたからなぁ。寮と云っても3階建ての家族用の賃貸マンションを一棟丸ごと借り上げたもので、3DKに3名で住むという変則的な相部屋形式。各自専用の6畳間が確保され、ダイニングキッチンや風呂やトイレを共用とするこのやり方は、最低限のプライバシーは保証された上で、電気ガス水道などの経費を頭割りする事で安く抑えられるという、中々よく考えられた方式です。

 千葉の幕張本郷にあった独身寮での生活は楽しく、実に快適でありました。唯一の難点は、蔵書の格納場所が無いところでありましょうか。大学生として長野に住んでいた頃、何しろ首都圏とは比較にならぬほど地価の安い地区でしたから下宿代が安い割には間取りはゆったりと取られていて、本の置き場には事欠かなかったのであります。大学時代に収集した大量の蔵書を全て会社の寮の6畳間に持って行くのはスペース的に不可能。そこで卒業時に多くの本や漫画を思い切って処分したのでありました。漫画と申しましても、メジャーなモノはほとんどなく、いわゆるコレクターズアイテム的なマイナーなモノが中心でありましたがね。

 当時最も大切にしていた漫画が、都立高校の教師になる筈だった主人公が大学側のミスで田舎の農業高校に新任教師として赴任するというストーリーのモノでした。徐々に田舎の農業高校に馴染んでいく展開が秀逸だった記憶が残っています。私はこの漫画が大好きで、何度も何度も読み返す程の愛読書だったのですが、就職して入寮する際の引越のゴタゴタで、これを紛失してしまったのは痛恨の極みでありました。

 この漫画の事はそれ以来すっかり忘れてしまっておりました。数年前に、ふと、この漫画の事を思い出し再読してみたいと考えましたが、書名も著者も出版社も失念してしまっていて、どうにも探しようがありません。仕方が無く、古書店へ出掛けた折りに、シーケンシャルに背表紙を眺めては、ピンと来る物がないかチェックする日々が続いたのであります。

 先日、1994年(平成4年)にフジテレビでドラマ化された「夏子の酒」のDVD(主演:和久井映見)を借りようとして、ふと原作である、尾瀬あきらの同名漫画作品のタッチが、かの農業高校を舞台とする漫画に似ていたなぁと思い出しました。実は以前にも同じ事を考えて、尾瀬あきらの著作を調べまくったにも関わらず見つけられないという経験をしておりましたので、過度な期待はせずに、それでも一応ウィキペディアで「尾瀬あきら」の頁を引いてみたのであります。するとアシスタントの欄にあった「山本おさむ」という名前に目が止まりました。山本おさむ。はっきりとはしませんが、聞いた事のある名前です。もしかしたらと思い、ウィキペディアで「山本おさむ」を引き直してみると、作品リストの中に「麦青」(共著:白山宜之)という記述を見つけました。そうだ!白山宜之!!

 人間の記憶とは不思議なものであります。これをきっかけに、突然霧が晴れるが如く、一瞬にして全てを思い出しました!表紙の装丁までが、ありありと目に浮かびます。間違いありません。27年前に紛失した漫画は、山本おさむ・白山宜之共著「麦青(むぎあお)」(二巻組)だったのです!

 早速アマゾンで古書を当たってみました。あった!!初版二巻組で4,980円で出ています。一瞬、高価(たか)いなぁとも思いましたが、マイナーな作品ですから古書マーケットに出ている球数は限られているでしょうし、ここで購入しなければ、もしかしたら一生手にする事は出来ないかも知れません。30年来の思い出を5千円で購入出来るのなら、十分安い買い物でしょう。思い切ってポチっとしたのでありました。こうして、かの作品は実に27年ぶりに私の元に戻ってきたのであります。

 奇跡的な縁、そして神秘的な偶然だ。

 小池昌代著「転生回遊女」(小学館)からのお言葉です。山本おさむ・白山宜之共著「麦青」(双葉社)。再読するうちに内容を思い出すのは当然として、大学生だった当時の生活まで思い出しましたよ。嗚呼、懐かしや。この漫画を読んでいた頃、既に私は、かみさんと交際(つきあ)っておりました。もしかしたら、かみさんも私の部屋でこれを読んだ事があったかも知れません。あの頃からいつでも二人で過ごしておりましたからなぁ。それにしても、今は昔、であります。自分たちの息子が、あの頃の私たちの年齢になっているのですからね。やっと探し当てた「麦青」。古書を見つけたというより、青春の思い出を探し当てた気分です。今度こそ無くさないように、大切にしようと思います。Copyright (C) by Yas / YasZone

【つづく】

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