日、高速バスで諏訪に向かった際のお話です。中央道日野バス停で乗り込んだ時点でほぼ満席だったバスも、双葉サービスエリアを過ぎて、停留所に停まる度にパラパラとお客が降りていきます。諏訪ICから一般道に出る頃には、乗客はまばらな状態にまで減っておりました。
私は、進行方向左側の窓際の席に陣取り、本を読んでいました。隣のお客さんは既に降りてしまっていて、二人掛けの座席を私が占有している状態。窓にもたれ掛かるように体を斜めにし通路側に足を投げ出すと、かなりゆったり座れます。すると突然、すぐ後ろの座席に乗っていた方が、座席と窓の間から、私に話しかけてきたのであります。
「ここまで来れば岡谷駅まではすぐね」
窓際の席だけリクライニングを倒していた私は、通路側の座席との隙間から後ろを見ましたが、通路側には人が座っておらず、後ろの座席は窓際にお一人だけのようであります。だとするとこれは、私への問いかけに間違いなさそうです。
「岡谷まで何分位かしら」
声の様子からは60代くらいの女性のよう。きっと初めてバスを利用される方なのでしょう。
私は後ろの座席の女性に「おそらく15分位だと思いますよ」と答えました。するとその方は、
「甥っ子が迎えに来ている筈なのよ。今日は主人が仕事だったんで私独りでしょ。だから車ではなくバスにしたの」と仰います。
「バスは寝ていけますから楽ですよね。うちは、かみさんが先に車で現地入りしているんです」
「でもその甥っ子の奥さんが熱を出したと云っていたから、ホテルまで送って貰ったら甥っ子をすぐに帰さないと」
「それはご心配ですね」
この後、なぜか、約10秒間ほどの沈黙があり・・・・。
「ごめんなさい、やっぱ後で掛け直すわ」
ぎょへ〜!やっちまった〜!
言い訳は千ほども思いつくが、いまはただ、全てを忘れたい。
綿矢りさ著「大地のゲーム」(新潮社)からのお言葉です。幸いな事に私は岡谷駅の手前の上諏訪駅で降りる予定でしたので、上諏訪に着くや否や、後ろの方とは目を合わせないようにして、そそくさと逃げるようにバスを降りたのでありました。まさか携帯で話しているのだとは考えもしませんでしたよ。あ〜まじに恥ずかしさで心臓が止まるかと思いました〜!
【つづく】
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