ばらく前のお話であります。休日の午後二人でお出掛けした際、ふと、かみさんの左手を見たところ、薬指に結婚指輪がありません。はて、確かにかみさんは、職業柄、普段はあらゆるアクセサリを外しています。でも二人でお出掛けする際は必ず指輪をしていたと思うんだけど・・・。あれれ、あまり記憶がハッキリしないのですが、これって今日たまたま忘れたって事?それとも以前からハメていなかったの・・・?
「ねぇKazちゃん」
「なあに?」
「あのさ指輪なんだけどさ」
「あ。気付いちゃった?そうなの、ここのところしばらくハメてないんだ」
「そうなんだ?今日たまたま忘れたのかと思ったんだけど・・・。もしかして無くしちゃったの?」
「違うの。家にあるの。ただね・・・」
「どしたの」
「指に入らなくなっちゃったの」
「え、太ったって事?」
「そんなに太った訳じゃないんだけどなぁ。でもハマらなくなっちゃったの」
「ふふふ。Kazちゃんが太っていないなら、論理的には、指輪の方が縮んだとしか考えられないね」
「じゃそういう事にしとこうっと」
「それにしても縮んだのが本当だとしたら、謎の大事件だねぇ」
人生にはある程度の理不尽な謎が必要なのだ。
村上春樹著「村上ラヂオ」(新潮社)よりのお言葉です。結婚指輪がハマらないんじゃしょうがないので、お店に行ってオーバーサイズ加工して貰う事にしました。とりあえず二人で、伊勢丹の宝飾品売場を訪問であります。
「あの〜指輪のオーバーサイズ加工って出来ますか」
「デザイン等によって出来るものと出来ないものがありますが、加工受付はこちらで承っております」
「これなんですけど」
「はい、18金とプラチナのハイブリッドのタイプで御座いますね。加工は奥様のものだけでよろしいですか?」
「うん。かみさんが云うには、何か最近急に指輪が縮んで来ちゃったって云うんだ(笑)」
「そうで御座いましたか〜。金とプラチナですからね。縮むような事もあるかも知れませんね〜」
「ははは、さすが伊勢丹の店員さんはどんなやりとりもサラリとスマートにかわすねぇ。ま、実際、金属が縮むなんてあり得るわけ無いんだけどさ。ほらKazちゃん、お店の人も気を遣ってくれているぜ」
「ところでお客様、加工はお時間もお値段も相当掛かりますし、この指輪、柔らかい18金の部分に細かい傷が相当入ってしまっておりますから、これはこれで記念品として所有されて、普段使う結婚指輪を新調なさったらいかがでしょうか」
「え?そんな事考えてもみなかったよ。Kazちゃんはどうしたいの?」
「う〜ん分かんない。お金も掛かっちゃうし。Yasちゃんの考えの通りで良いよ」
「じゃ、折角の機会だし、思い切って新調するかぁ。で、欲しいヤツってある?」
「特に無いけど、今までのが金とプラチナのハイブリッドだったでしょ。本当は銀色だけの方がシンプルで良いかなぁと思ってたんだ」
「ふ〜ん、そ〜か〜。じゃスイマセン、金色の入っていない、銀色のマリッジリングを見せて貰えますか」
「承知致しました。こちらは表面が波形加工になっておりまして、当店オススメの品で御座います」
「お、格好良いなぁ。でもさ、Kazちゃん、折角新調したとしても、この指輪も縮んじゃったらどうするよ(笑)」
「あのご主人様」
「え、はい」
「こちらはプラチナ900という非常に硬い材料を使っておりまして、滅多な事では縮んだり致しません。安心してお使い頂けます」
いやあ、さすが伊勢丹。一々会話がハイセンスであります。こうして、結婚20年を記念して、マリッジリングを新調したのでありました。以前の指輪は結婚記念日の他に、KtoY、YtoK、と刻印されておりましたが、今回のモノは日付は無しで、Yas
& Kaz、という刻印のみのシンプルな仕様にしました。Kazちゃん、今度は指輪を縮ませないように気をつけてね(笑)!!
【つづく】
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