摩センターにある丸善は、そんじょそこらの市町村立図書館風情では全く太刀打ち出来ない程の膨大な在庫点数を誇る、巨大な書店であります。フロアもあまりに広過ぎて、どこにどんな本が置いてあるか把握しきれない位。エスカレータホールに沿ってズラ〜っと並べられている検索端末で照会すると、現時点での在庫の有無やその本が陳列されている棚の場所が表示されるので、それに従って本を探す仕組みです。
洋書もそこそこ充実しています。少なくとも多摩地区では一番である事は間違いなさそう。故に外人さんも結構来店しております。この辺りは中央大学、明星大学、東京薬科大学、帝京大学、首都大学東京(旧都立大学)、大妻女子大学、多摩大学と、大学がたくさんありますから、海外からの留学生の方もたくさんお住まいなのでしょうしね。
ブラブラと棚から棚へ移動しておりましたら、一人の外人さんが店員のお姉さんに向かって、何やら質問をしている所に出くわしました。聞くともなしにやりとりに注意してみますと、英語で、書籍の有無を訊ねているようです。どうも、お姉さんは英語を話さない方のようで、しどろもどろになってしまっています。汗びっしょりで完全にテンパっている状態。
当の外人さんも、ゆっくり要旨だけを伝えればよいのに、「検索システムは日本語エディションのモノしかないのか」とか「洋書の棚の場所さえ教えてくれれば自分で探す」とか「他に英語を理解する店員は居ないのか」とか「論文の材料として出来るだけ早く入手したいのだ」とか、矢継ぎ早に英語でまくし立てています。店員のお姉さんが英語を解していない事は分かっている筈なのに、これではあまりに可哀相。ある意味イジメであります。
さすがにこの状況を放置するのは残酷というもの。私はちょっと手伝ってあげようと、お二人に近づいていきました。すると店員のお姉さんは急に不自然な作り笑いを浮かべたかと思うと、おもむろに、「アイ ライク オバマ」と声高らかに宣ったではありませんか。え?どゆこと?お姉さん、あなたにいったい何が起こったのだ〜!?
はやまりたもうな、落ち着きなさい。
森見登美彦著「聖なる怠け者の冒険」(朝日新聞出版)からのお言葉です。追いつめられて涙目になってしまっているお姉さんを助けるべく、やりとりに割り込んでみました。すると、外人さんは「米国オバマ大統領の就任時の英文の演説原稿の載っている本を探しているのだが、通じなくて困っていた」と云います。店員のお姉さんは、外人さんの話の中で「オバマ」という単語だけ聞き取れたのでしょう。パニックで一言も答えられない中、「何か返答しなきゃ、何か返答しなきゃ」と焦っている内、気が付いたら意味もなく「アイ ライク オバマ」と口走ってしまっていたのだそうであります。
しかし大型書店の店員さんだけの事はあります。質問の内容さえ理解すれば、仕事が早い!あっという間に在庫情報にあたります。残念ながら、さすがの丸善にも英文の演説原稿は無いとの事。ただし日本経済新聞社版の邦訳は置いてありました。すごい在庫能力ですねぇ。しかしこの外人さんの求めているのは英文の原稿・・・。まてよ。ふと思い立ってスマホで日経WEB版をあたったところ、やはり有りました〜、2009年のオバマ大統領の英文の演説全文。ま、論文に引用する程度なら、ネットで十分でしょう。大統領就任演説はパブリックなものですから、引用において著作権的な心配は不要と思われます。件の外人さんにURLを教えてあげて、一件落着と相成ったのでありました。そもそも、書店の店員に英語でまくし立てる前に、ネット検索ぐらいしろよな。
それにしても云うに事欠いて、いきなり「アイ ライク オバマ」とは!人間、パニックになると何を口走るか分からないのだなぁと痛感した次第。とは云え、英語を解さないまでも何とか客の要望に答えようと努力する店員さんの姿勢は素晴らしい!私の中では、丸善書店の好感度は、赤丸急上昇となったのでありました。
【つづく】
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