前は月に三誌も購読していた自転車雑誌でありますが、最近は全くと云っていい程、読んでおりません。自転車に対する情熱が薄れてしまった訳では決してありませんよ。しかし雑誌の記事に対する興味は確実に薄れつつあると申せましょう。
自転車雑誌の記事は多様であるように見えて、実はたった3種類に帰結出来てしまいます。1.ツーリングレポート、2.新製品ガイド、3.トレーニングマニュアルの3つであります。こういう大雑把なカテゴライズをしては身も蓋も無いのは分かってるんですがね。一旦こうした、褪めた目で見てしまうと、雑誌を買う熱情が薄れてしまうのも仕方ありますまい。
自転車に乗り始めたばかりの頃、最も注目し熟読したのは、ツーリングレポートで御座いました。車でしか行った事のない場所に自転車で到着した際の不思議な高揚感は、当初、格別のものでありました。自分の中で、車でなければ来れる筈の無い場所、と決めていた地点に自転車で来れた事に対する自信と優越感。私の場合、これが羽田であり、軽井沢であった訳ですが、こうした感覚を味わってしまうと次々と様々な場所に出掛けてみたくなります。ツーリングレポートは、こうした欲求を疑似体験させてくれる読み物であった訳です。
逆に自転車で100Km、150Kmと出掛ける事が日常化しますと、少なくとも高揚感や優越感は急速に失われて参ります。この距離が「普通」になるとともに、ツーレポに対する興奮はさめてきたのであります。
次に注目したのは、新製品ガイドです。ロードバイクにお乗りにならない方から見れば、ネジやパイプや歯車などの自転車の部品が物欲の対象となり得る事実をご理解頂くのは困難かも知れませんが、何故、こう次から次へと欲しいモノが湧き出てくるのか不思議な程、狂おしき物欲の風が吹きまくるのであります。いい大人が自転車のハンドルやサドルのカタログを見つめて悶々とする姿は、奇異に見えて、実はあらゆるサイクリストが通ってきた道でもあるのです。
こうした物欲への度合いは個人差が大きいようであります。それこそ一生、物欲との戦いを強いられる方もいらっしゃるようですしね。私の場合、ピンクちゃんを手に入れるまでの物欲番長ぶりたるや相当な重病でありましたが、一切の妥協をせず欲求を満たせた事もあったのでしょう、新しいモノに対する興味は急速に失せ、そんな事よりピンクちゃんを磨いていたい気持ちの方が遙かに大きくなっている状態なのであります。ま、これはあくまで一時的な状態で、しばらくすればまた物欲の嵐に翻弄されるようになるかも知れませんがね。
こうなりますと、あれ程夢中になって読み漁っていた雑誌の新製品特集も、妙にさめた目で見てしまう事になります。結局のところ、私の自転車雑誌に対する興味は、トレーニングマニュアルに絞らざるを得なくなったのでありました。
私は決して競技指向な訳ではありません。否、それどころか、トコトコサイクリングを好み不要な競走を疎む、どちらかと云えば競技からは最も遠い位置にいるサイクリストであります。しかし技能の向上に興味がないかと云えば決してそんな事はありません。今よりももっと楽に坂を登れるようになりたいと思っていますし、疲れにくい体質を作りたいとも思っています。嗚呼それ以前に、もっとダイエットに励まねばならない事も強く実感しているのです。
自転車雑誌には、トレーニングへの啓蒙記事がたくさん載っています。曰く「自転車でマイナス5歳」、曰く「春から始めるベースアップトレーニング」、曰く「苦手が得意になる!上りの秘密特訓」。こうした特集には、具体的なタスクリストが付属している事がほとんどなのですが、え?何これ、プロじゃないんだし、とてもこんな練習を継続するなんて無理だよ、という位ハイレベルなモノばかりなのでありますよ。
百メートルを十秒で走る為のマニュアルは十一秒で走れる人のものであり、十八秒掛かる人には何の役にも立たない。
唯川恵著「いっそ悪女で生きてみる」(新潮社)からのお言葉です。そうなのです。世にはアスリート向けのトレーニングメニューばかり出回っていて、私のような、だらけたオサ〜ン向けの練習方法などどこにも載っていないのであります。結局のところ自転車雑誌から興味を失いつつある私は、誰に教えを乞う訳でもなく、独りでトコトコとお出掛けしているだけなのでありました。
【つづく】
「今週のお言葉」の目次に戻る
「やすなべの目次に戻る」