ジション出しの為の作業に掛けるマングローブバイクスの大将の情熱たるや、もの凄いものが御座います。雑誌等でポジション決めの重要性は説かれておりますが、実際にここまで真剣にポジションを考えてくれる自転車屋さんって、そうは無いんじゃないかなと思います。
自転車のポジションは、平たく申しますと自転車と人間の接点を確定する作業でありまして、通常この接点は3ヶ所。ハンドル、サドル、ペダルであります。ただし事はそれほど簡単では御座いません。例えばサドルを固定しているシートポストは後ろに向かって傾斜していますから、サドルを上げようという行為はサドルを後退させる、すなわちハンドルまでの距離を離す事、同時にペダルを前方に移動させる事と同義になります。一つの要素が変わると複数の数値が同時に動く。非常に三次元的な作業なのであります。
大将の作業は大胆かつ緻密に進んでいきます。最後の調整はコンマ5ミリ単位。それでいて、もしそのセッティングが気に入らなければ、思い切って初めからやり直す事も厭わない大胆さ。ハンドル下げたり、シートを前に出したり、クリートの位置を動かしたり。ローラー台に固定された自転車を、漕いではセッティングを変更し漕いではセッティングを変更し、といった作業を繰り返していきます。
五十歩百歩で、五十歩と百歩は大変な違いなんだと私は思う。
坂口安吾著「白痴」(新潮社)の中のお言葉です。我々素人にはほとんど違いがないようにも思えるこうした微妙なセッティングの違いを積み上げていく事で、初めて「理想のポジション」を手に入れる事が出来る事を、元競輪選手の大将は熟知しているのでありましょう。彼の作業には妥協という言葉はありません。五十歩と百歩は2倍も違うじゃないか。まさにそう考えているかのようです。
作業の緻密さにおいて全幅の信頼がおけるマングローブバイクスでありますが、ちょっと心配になる事もあります。先日新しくシマノのSPDシューズを注文したのですが、「Yasさんね、新しいシューズ木曜日に入荷するから、自転車に乗れる格好してロードバイク持ってきてね。シューズのセッティングするから。そうだなぁ2時間くらい見といてね」と宣うではありませんか。靴を買っただけなのに2時間のセッティング!きっとローラー台で自転車漕ぎながら、クリートの位置を決めていくのだと思いますが、靴を買っただけでこの手間ですからねぇ。こんなにいちいちお客に手を掛けていて、元が取れるのでありましょうか。心配だぁ。それにしても、もの凄〜いコダワリであります。
【つづく】
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