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  今週のお言葉  

 

 私が自転車で出掛ける時、都市部に向かう事は稀で、多くの場合、小仏峠や和田峠といった、いわゆる山に向かう事がほとんどであります。

 別に競技志向で負荷を掛ける為に坂を目指すのではありません。単純に山の空気が好きなのであります。下界との明らかな温度差。山の木々が醸し出す清冽さ。沢を渡ってくる涼しい風。私は自らの、いわば森林浴的欲求に従って、山を目指すのであります。

 オートバイや車とは異なり、自転車に乗っていると様々な音が耳に入ってきます。特に秋は、この、「音を聞く行為」もサイクリングの大いなる楽しみの一つになります。落ち葉の上を走る時のカサカサコソコソという音。団栗(どんぐり)が地面に落ちるボタリという音。峠に到着して一休みしている時聞こえてくる鳥の鳴き声。オートバイや車でなら簡単に掻き消されてしまうであろうこうした、ごくごく小さい音が、自転車では意外な程よく聞こえるのです。

 小さい音ほど大きく聞こえる。

 仙人と呼ばれた画家、熊谷守一(くまがいもりかず)著「へたも絵のうち」(平凡社刊)からのお言葉です。彼は自分の庭をこよなく愛し、特に晩年は、一切そこから出る事無しに、蟻や葉っぱや土を日がな一日観察する事が習慣になっていたといいます。文献によると熊谷守一氏の自宅の庭は僅か15坪。この決して広いとは云い難い庭が、彼の宇宙であった訳です。様々な生き物の営みを観察し、それを(ひと)り楽しむ。この事が周りの人間をして彼を獨楽(どくらく)の画家と云わせしめた所以(ゆえん)でありましょう。

 自宅の庭に引きこもる事と自転車で山に出掛ける事。活動的か否かという判断において、表面上は大きな隔たりがあるように感じますが、実際のところその心根(こころね)の部分では、両者は相当な部分で価値観を共有出来得るものなのかも知れません。

 いつでも同じ小仏峠に出掛ける私に対し、「そんなに頻繁に同じ場所に出掛けて楽しいの?」と質問される方もいらっしゃいます。楽しいんですなぁ、これが。熊谷守一氏が毎日同じ庭を眺める事に熱中してきた気持ちを、ちょっと理解出来たような気が致します。Copyright (C) by Yas / YasZone

【つづく】

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