ラえもんと共に成長したと言っても良いくらい、ドラえもんに親しみながら育ちました。かつて小学館から「幼稚園」という月刊誌が刊行されておりまして、うちでは私が幼稚園年中の時から定期購読してもらっていたのですが、同じタイミングでそこにドラえもんの掲載が開始されたのが、私のドラえもんとの出会いであります。私の成長に合わせて購読雑誌は「幼稚園」から「小学一年生」「小学二年生」・・・という具合に変わっていきましたが、雑誌の学年アップに合わせてドラえもんの連載も継続しておりました。
当時、のび太は私よりも7つも年上の「お兄ちゃん」で、劇中では小学五年生という設定だったように記憶しています。まだテレビアニメ版は無かった頃のお話です。毎月登場する様々な秘密道具にワクワクし、雑誌が届くのが楽しみで楽しみで仕方ありませんでした。まだ宅配便サービスなど世に存在しておらず、近所の本屋さんが「主婦の友」と書かれた箱を荷台に括りつけたスーパーカブで、直接、配達してくれていた時代の事であります。
ドラえもんが居たらなぁ。何度そう考えたか知れません。ドラえもんと一緒に暮らすのび太が羨ましくてたまりませんでした。自分がのび太の立場だったら、もっと上手くドラえもんと付き合うのになぁ。秘密道具をもっと活用するのになぁ、と常々考えていた記憶があります。
スキーに行く事になって、現地で恥を掻く事の無いようにと、ドラえもんが出してくれたスキー練習用の道具を前にしたのび太の言葉が、「もう少しうまくなってから練習した方が・・・」でありました。練習においても恥を掻きたくない一心だったのでしょうが、論理矛盾をサラリと含む言い回しと云い、のび太の性格を端的に表している名台詞と云えましょう。
「なんだよぉ、のび太のくせにぃ」に代表されるように、当時のび太といえば、駄目な男の代表でありました。あらゆるチャレンジを回避しようとし、如何なる状況をもドラえもんの出してくれた秘密道具で乗りきろうとするのび太。しかも一旦、秘密道具を使う事で優位に立つと、友人に対して傍若無人とも呼べる態度で接する事もしばしば。「や〜い、ここまでおいで〜」という例の厭味な態度であります。それでも友人からも読者からも決定的に嫌われる事がなかったのは、彼の内包する間抜けさが、実は万人に共通するモノであったからなのかも知れません。
「もう少しうまくなってから練習した方が・・・」。この一見矛盾に満ちた、ある意味のび太らしい台詞をみて、当時は大笑いしたものです。しかし今、冷静に考えれば、自分自身も似たような事を何度もやっている事に気付きます。
家から30Km程のところに和田峠という峠がありまして、地元のサイクリストからは「鬼の和田」といって恐れられております。有名な激坂なのであります。実は、まだ和田峠未経験だった頃に「今度、和田峠に激坂の練習に行きませんか」と誘われて「いえいえ、もう少し上手くなってから練習に行こうと思いますので今回はちょっと・・・」と答えてしまった事がありまして、こりゃのび太と何ら変わらない発想だな、と一人苦笑いをした経験が御座います。
人前で恥を掻きたくないという思いは、それが大会本番であろうと単なる練習であろうと、程度の差こそあれ本質的な面ではあまり変わりがありません。のび太が「もう少しうまくなってから練習した方が・・・」と言ったのは、ドラえもんに下手くそで惨めな状態の自分を見られたくなかったからであり、実は、大いに共感し得る行動なのでありました。
私も自信が無い場合、誰かと一緒に行ったりせず、ほぼ100%秘密特訓方式を採用しております(笑)。事実、マウント富士ヒルクライムの為の練習は、友人の誘いを断ってまで単独登坂としましたからねぇ。つくづく人間は見栄の動物なのでありますなぁ。
【つづく】
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