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  四十数年来の夢  

 物欲

大日本図書版の新美南吉童話全集 全3巻

 は幼少の頃から本が好きで、誕生日やクリスマスといったイベント時にプレゼントは何が良いかと尋ねられれば「図書券!」と即答するような妙な子供でした。こんな事を云うと物静かなガリ勉タイプであったかのように勘違いされそうですけれども、そんな事は決して無く、むしろその逆。小学校の頃は、あたりが暗くなるまで外で遊ぶ腕力系男子、典型的な昭和の小学生でありました。しかし今考えましても、子供ながらに相当な読書量であったと思います。生まれつき活字メディアが好きだったという事でしょう。お年玉を全て書籍代に突っ込むだけでは飽きたらず、学校の図書室や沼津市の移動図書館(マイクロバス)をフル活用しておりました。新学期に教科書が配布されると、その日の内に国語の教科書を通読してしまう程、活字に飢えていたのであります。

 今も昔も児童書は高価なもの。特に私が小学校低学年の頃といえば父は30歳代母は20歳代だった訳で、最もお金が無く生活が苦しい世代であった筈です。今考えれば、若い彼らにとって私は高価な児童書をねだってばかりいるやっかいな息子であったに違いありません。

 小学校低学年の頃だと思うのですが、当時、本屋さんが小学校に来て指定図書や推薦図書をセールスする、というイベントが行われていました。空き教室にサンプルとして本が並べられていて、クラスと名前が書かれた注文用紙の欲しい書籍の欄に丸を付けて提出すると、後日、学校に本が届くという仕組みだったと記憶しています。こうした即売会的イベントは、父兄参観日に行われていました。今考えると中々上手い商売でありますなぁ。

 私は小学校に上がったばかりの頃から、新美南吉に傾倒しておりました。「ごんぎつね」や「おじいさんのランプ」「手袋を買いに」などの絵本を、内容を暗唱出来るくらい何度も何度も読んでいたのであります。しかし所詮は絵本に過ぎず、収録されている物語は当然限られています。小学低学年だというのに、生意気にも、この新美南吉という作者の作品を片っ端から読んでみたいという欲求に駆られていたのでありました。

 即売会ブースで新美南吉作品を探したところ、それはそれは立派な装丁の「新美南吉童話全集」が置いてありました。私は直感的に、これだ、と思いました。書籍本体は黒い布張りの四六判ハードカバーで、きちんと箱に入っていたのを今でも覚えております。小学生の欲しがるものとしては相当高価であったと思いますが、母に頼み込んで、この全集の第一巻「ごんぎつね」を買って貰う事に成功したのであります。この本は私の宝物となりました。小学校時代はそれこそ擦り切れるほど何度も何度も読んだものであります。

 新美南吉は1942年(昭和17年)に29歳で夭逝(ようせい)。没後50年以上が経過し著作権が消滅している事もあって、様々な出版社から様々な書籍が出されています。中でも1994年(平成6年)に出された半田市教育委員会編集の「新編・新美南吉代表作集」は、詩や短歌、俳句作品までもが収録されている秀逸な本であります。非売品扱いの為一般の書店には流通しておりませんけれども、私は半田市の新美南吉記念館の購買部でこれを購入致しました。

 現在では様々な形態で読む事の出来る新美南吉作品。事実、青空文庫を中心にほぼ全作品を何度も再読しておりますけれども、小学1年生の時に読んだ、あの豪華装丁本をもう一度読んでみたいという欲求はずっと抱き続けておりました。幼少期の宝物であったこの本ですが、実家の引っ越しなどを経て紛失してしまっていたのであります。箱の状態は忘れてしまいましたけれども、黒い布張りの丁寧な装丁は、40年が経過した今でもしっかり記憶に残っておりました。

 しばらく前に、古本屋で「新美南吉童話全集第一巻ごんぎつね」(大日本図書)を見つけました。1970年(昭和45年)8月20日発行の第22版です。年代からして、私が以前所有していたものと同じ位の版と思われます。それにしても懐かしい!40年以上の時を経て、あの頃の記憶が一気に(よみがえ)ります。まず、活字からして昭和の雰囲気たっぷり!ほとんどの作品は青空文庫や半田市教育委員会版で読み直している筈なのに、やはり当時の書籍は(おもむき)からして違いますな。

 古本屋のおじさんの話によると、大日本図書版の新美南吉童話全集は全3巻存在するとの事。当時私が所有していたのは第一巻だけでしたけれども、こうなれば、第二巻、第三巻も是非とも読んでみたいものです。

 最近、古本屋で、念願の「新美南吉童話全集第二巻おじいさんのランプ」(大日本図書)、「新美南吉童話全集第三巻うた時計」(大日本図書)を発見しました。第二巻は1974年(昭和49年)の第25版、第三巻は1972年(昭和47年)の第19版であります。

 ようやく全3巻が揃った訳で、感動もひとしお。50歳を前にして40数年来の夢がやっと叶ったのでありました。通読してみて思ったのですが、新美南吉って、やっぱホントに素晴らしいですね。古い本ですけれども、これからもずっと大切にしようと思います。Copyright (C) by Yas / YasZone

【つづく】

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