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  星新一ショートショート1001  

 物欲

星新一ショートショート1001
定価31,500円(税込)!!

 私が本格的に読書に傾倒しだしたのは、思い起こせば小学校4年生の頃でありました。勿論、それ以前より本は好きではありましたが、その興味の対象のほとんどが児童書だったのであります。

 家から自転車で10分程の場所に藤巻(ふじまき)ストアというスーパーマーケットが御座いました。このスーパーの一角に突然書店が出来たのであります。今考えれば書店と云うより書籍販売コーナーと呼んだ方がしっくりくるような狭い場所であったと思うのですが、そんな事はあまり気になりませんでした。当時私の実家は沼津市宮前町にあり、家の周りは住宅と田圃しか無いような場所でしたので、自転車で行ける範囲に書店が出来たのは、私にとってそれだけで十分に画期的な出来事だったのです。

 それまでは、月に一回程度しか来ない市立図書館所有のマイクロバスの巡回図書サービスを待つしかなかった身にとって、小遣いさえ出せば自由に本が買える環境が手には入るというのは、まさに夢のような事でありました。しかし、藤巻ストアの書籍売場には、それまで私が好んで読んでいた児童書はほとんど置いてありませんでした。狭小(きょうしょう)な売場に対応する為でありましょう。この書店の主力商品は文庫本だったのであります。

 文庫本。普段読み慣れている児童書に比べて、極端にルビが少なく活字も細かい。小学生の私にとってそれはまさに「大人の本」に他なりませんでした。当時、誕生日や正月と云った特別な場面で連れていって貰うのは沼津駅南口のマルサン本店。沼津で一番の大型書店であります。勿論ここにも大量の文庫本は置かれていましたが、小学生だった私はそれには見向きもせず、一目散に児童書のコーナーにすっ飛んで行ってしまっていたのであります。本能的に「自分用のモノではない。これは大人用だ」と思い込んでいたのだと思います。

 狭い藤巻ストアの書籍売場ではそんな選り好みが許される筈もありません。何しろ文庫本しか置いてないのであります。私は「大人の本」である文庫本を手に取り、立ち読みしてみました。どういう偶然か分かりませんが、その時手に取ったのは、星新一著「盗賊会社」でありました。それだけははっきりと記憶しております。勿論それまで氏の著作を読んだ事など無く、星新一という名前さえ知りませんでした。

 立ち読みのまま最後まで一気読みしました。痺れました。巻末の解説を見て、こういう文章をショートショートと呼ぶのだという事を初めて知りました。星新一の本を片っ端から読みたいと思いました。しかし当時の私の小遣いは一日10円でしたから、気軽に本を買うという訳にはいかなかったのであります。星新一の文庫の中で最も薄く安価な「気まぐれロボット」でも180円であったと記憶しています。これとて半月以上一切の欲望を捨ててやっと買える額でありました。そこで私は、学校から帰ると毎日藤巻ストアに通い、立ち読みを続ける作戦に出ました。今考えれば迷惑な小学生も居たものであります。

 星新一のショートショートとの出会いこそ、私が「大人の本」に触れた最初であり、その後読書に傾倒していくきっかけそのものでありました。氏は1997年に亡くなるまで、1001ものショートショートを(つむ)ぎ出しましたが、勿論私はこの全てを読んでおります。しかしそれはあくまでもバラバラの文庫本を通して読んだに過ぎません。例えば発表年代順に系統立てて読み進んだりした訳では無いのであります。

 先日、新潮社から出版された3巻組豪華装丁本「星新一ショートショート1001」を購入してしまいました。定価31,500円。高価(たか)い。かみさんには言えない金額です。でも、これがまさしく私のルーツなのであります。全てはここから始まったのです。藤巻ストアで氏の著作「盗賊会社」に出会わなければ、もしかしたら私は書籍になど全く興味を持たない男に成長したかも知れない。そう考えますと、私にとって特別な意味を持つこのショートショート集を購入するのは、必然のような気も致します。今でも氏のショートショートは事ある毎に読み直していますが、1001遍をくまなく均等に読み直しているかと云えば、そんな事はありません。そもそも氏の著作は書庫の中でバラバラに散逸しており、既に遺失しているモノもありそうです。だとすると、中には何十年ぶりかに読み直す事になるショートショート作品もあるでしょう。その作品そのものだけではなく、その作品を初めて読んで感動した頃の私自身の気持ちを思い出せるのではないかと思うと、この豪華本を読むのがちょっと楽しみではあります。Copyright (C) by Yas / YasZone

【つづく】

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