の住む日野市にはいくつもの駅があります。我が程久保基地の最寄り駅は、京王動物園線の多摩動物公園駅、多摩都市モノレールの多摩動物公園駅、同じくモノレールの程久保駅の3ヶ所。田舎の割には公共交通機関が発達しておりまして、移動にはなかなか便利なのでありますよ。
ただしこれらの駅は、駅前に繁華街を伴わない、いわゆる住宅地の駅ですので、駅前に本屋がありません。もっとも近い本屋は高幡不動駅前になります。程久保基地からはママチャリで10分程です。
かつて高幡不動駅前には書源という本屋が御座いました。間口に対して奥行きがあり、本屋としてはいわゆる中型店。レジには色の浅黒いおじさんが鎮座しており、実はこのおじさん、その辺の司書レベルでは全く太刀打ち出来ない程の知識の持ち主でありました。おじさんは店の書籍のほとんどの在庫状況を把握しており、書名や作者名を云うだけで、目的の本の有無を即答してくれます。下手すりゃ書名も作者名も分からないまま、あらすじを云うだけで本を特定し持ってきてくれる時も有る程。夜も割と遅くまで開いていたので、非常に便利に使わせて頂いていたので御座います。
ところが半年ほど前でしょうか、この書源がいきなりの閉店。店舗は100円ショップに変わってしまいました。私は、それまでとても便利に利用していた行きつけの本屋を失ってしまったのであります。
高幡不動は京王線と多摩都市モノレールのジャンクション。京王線の特急の停車駅でもありますし、それなりに駅前も賑わっております。駅舎全体がショッピングセンターになっているいわゆる駅ビル方式です。この駅ビルの中にも、一応、本屋がテナントとして入っております。以前からその存在は知っていたのですが、書源が閉店してしまった事もあり、仕方が無くここに行ってみる事にしました。
一言で申し上げますとこの本屋、本がありません。雑誌がメインで単行本や文庫本はちょろっとしか置いてないのであります。しかも文庫本の半数は中学生対象のライトノベルという始末。きちんとした本屋とは呼べないラインナップです。確かに見かけは一応本屋の体をなしています。しかしやはり駅ビルという事もあり、あくまでもキオスクの雑誌売場を拡大したモノという位置づけに過ぎないのでありましょう。店員は何も知らないアルバイトばかり。
実はこの日は、今回の直木賞受賞作、池井戸潤の「下町ロケット」を買いに行ったのですが、見たところ売場には一冊もおいてありません。ま、受賞直後はいきなり売れてしまって重版待ちという状況は別に珍しい事ではありませんから、レジの店員に入荷の予定を尋ねてみる事にしました。
「あのぅ、今回の直木賞受賞作なのですが」
「第何回の直木賞ですか?」
「え?いや何回かは忘れちゃったけど今回なんですが」
「第何回か分からないとお調べ出来ませんが」
「第140回くらいだと思うんですがねぇ。とは言え今回の受賞作の話ですよ」
「正確な回数が分からないとお調べ出来ませんが」
「ま、いいや。書名は「下町ロケット」なんですが」
「出版社名はお分かりになりますでしょうか?」
「いや分からない。たしか小学館だったような気はするけど」
「出版社名が分かりませんとお調べする事は出来かねます」
「あそ。じゃ分かんないみたいだし、もういいや」
なんじゃこれ。これじゃ既に本屋ではありません。あのね、私は何もレアな専門書を探しているのではありませんよ。今回の直木賞受賞作の再販予定を聞こうとしているだけなのであります。直木賞っていったらアンタ、その年のもっとも評価の高い大衆文学作品に授与される賞ですからね。書店から見たら売れ筋も売れ筋、超のつく売れ筋本の筈ではありませんか。
家にもっとも近い書店がこの体たらく。欲しい本を探す以前に、阿呆な店員と話していてフラストレーションが溜まるのでは話になりません。家からはちょっと離れてしまいますが、書源の次によく利用していた、聖蹟桜ヶ丘のあおい書店に電話で尋ねてみる事にしました。
「あの済みません、今回の直木賞受賞作についてお尋ねしたいのですが」
「はい。『下町ロケット』の事で宜しかったでしょうか」
「それそれ」
「あい済みません。下町ロケットは初版発行部数が少なかった事もあり現在在庫切れで、重版待ちの状態です。あの、ちょっと調べてみますのでお待ち頂けますか」
「はい」
「お待たせしました。重版分の小学館からの入荷は7月25日の予定になっております。このお電話で予約お取り置きを承りますが、いかが致しましょうか?ただし今回の重版入荷数は十分な量が御座いますので、特別ご予約頂かなくてもご来店下されば普通にお買い上げ頂けると思います」
「あ、そう。それなら25日過ぎに伺いますから予約は特に取らない事にします」
「かしこまりました。お客様のご来店をお待ちしております。あ、申し遅れましたが、私、あおい書店の○○と申します。ご来店時にご不明点が御座いましたら○○をお呼び下さいませ。」
「はい。どうもありがとう」
あのですね、これが普通の商売ってもんです。聖蹟桜ヶ丘はスクータで20分程掛かります。書源が無くなってしまった今、多少の遠さは我慢して、あおい書店に通うしかなさそうです。やはり行きつけの書店って大事ですからね。
【つづく】
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