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  遊びのアンテナ、のばしてるかい?(第1話:子供の頃の思い出篇) 

最近、とみに考ちゃう事があって、それは、「おいらっていつまで生きるんだろ」って事。別に病気になったり、人生イヤになっちゃったりしてる訳じゃないんだけどね。もうすぐ38歳になるしね。日本人男性の平均寿命が76歳だそうだから、もうすぐ折り返し点な訳よ。半分終わっちゃったんだよね。

 ちょいと例え話をしてみよか。子供の頃の夏休みの事を思い出してみてよ。7月後半、1学期が終わる頃、夏休みの計画なんか立てたりしちゃってさ、スゲ〜長いように感じちゃう訳。まるで永遠に夏休みが続くような錯覚。それ故、夏休みの宿題ってのは誰もが溜め込んじゃうんだけどさ。後でやれば良いやって思っちゃうんだよね。時間はたっぷり有るよってね。前半は夏休みを浪費してるなんて意識もなく、ノビノビと過ごす訳。朝起きると「今日は何しよっかなぁ」ってな具合にね。

 そんでもって、ふと気が付くと既に8月も半ば。休みの後半に入る頃。夏休みが終わっちゃう!って感じて焦っちゃうんだよね、急にさ。ず〜と勉強なんかそっちのけで遊び暮らしてたから、宿題も溜まりに溜まっちゃって、それで焦っちゃうってのは分かるんだけどさ。それだけじゃなかったんだよ、おいらの場合。「夏休みが終わっちゃう!もっと遊ばなきゃ」っていう思いが強かったなぁ。まだ半分も残ってるのにね。虫取りもしたい、ザリガニも釣りたい、箱根山までサイクリングしたい、東映マンガ祭に行きたい、自転車改造したい、プラモデル作りたい・・・。そんな事、夏休みが始まってから今までず〜と毎日してきたのにさ。急に焦っちゃうの。不思議だね。

 そういう焦りの感覚に襲われた後の夏休みの短い事といったら・・・。あっという間に8月31日になっちゃって、半べそかきながら夜中まで掛かって親に怒られつつ宿題片付けて。明けて9月1日の始業式の眠い事眠い事。始業式の日は授業はなくて、式の後はホームルームで、最後に避難訓練して、午前中で学校はお仕舞いってパターンだったんだけど、そのホームルームの時、先生が必ず聞くんだよね。「皆さん、夏休みは楽しく過せましたか?」って。

 で、ふと夏休みを振り返ってみる訳。すると不思議な事に夏休み前半の楽しかった事は次々と思い出すんだけど、後半はただ々々焦ってた記憶しかないんだよね。じゃ、後半はちゃんと宿題してたかっていうとそんな事は全然なくて、だってちゃんと宿題やってれば8月31日の夜中に半べそかく事なんてありえない訳だし、事実、その前日の30日の晩はテレビ見て早寝してたんだもんね。

 ちゃんと遊んでる訳よ、後半も。でも心の片隅に焦りがあるから、芯から楽しめてないんだよね。

 おいらさ、そういう記憶が根底にあるからさ、だから余計に焦りたくない訳。人生の後半をさ。焦って焦って、いざ死ぬ時に後半の記憶が薄いなんてさ、嫌じゃん、そんなの。

 なんかの本で読んだんだけどさ。知ってる人も多いんじゃないかなぁ、この話。水筒の残りを見てどう思うかって寓話。

 砂漠を旅していて水筒の中の残りを見たらちょうど半分でした。愚者は、「あぁ、もう残りが半分しかないや」と焦りました。焦りは喉の渇きを誘発します。喉が渇くと焦りは倍増します。級数的に膨れ上がった不安感の中で正常な判断力を失った愚者は、道を間違い砂漠で遭難死してしまいました。対して賢者は、「まだ半分も残ってるぞ」と認識しました。そして砂漠に足を踏み入れてから今までの道程を思い出してみました。それはそれは長い道程でした。賢者は「半分の水が残っているという事は、この水があれば、今までと同等の長い道程を踏破する事が可能という事だ」と考えました。焦りの心のない賢者は途中道を間違ったりする事なく、無事に砂漠を抜ける事に成功しました。

 一般的に日本人って「あぁ、もう残りが半分しかないや」って考えるタイプの人が多いよね。おいらなんか正にそう。だからこそ、こんな事、グダグダ考えちゃうのかも知れないけどね。でも、出来る事なら賢者として、後半も完全燃焼したいんだよなぁ。楽しかった前半みたいにさ。

【つづく】

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