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  少年よ西へ向かえ(第6話:過去の犠牲に黙祷篇) 

予約してある帰りのフェリーは、12月3日(月)那覇発→名古屋行。この一週間はHPの更新もやめて、のんびり過ごす事に徹しようと思ったんだけどさ。ダメだね(笑)。原稿にしとかないと忘れちゃうんじゃないかって思ってさ。この感動を忘れない為に原稿書いてるんだもんね。でもね、今までの日程と違ってほとんど長距離移動が無いから、充分のんびり出来てるんだよ。


2001-11-28(水)

  • 那覇市内のど真ん中に位置する、那覇国際YHを10時にゆるゆるとチェックアウト。沖縄での目的は「ビーチにテントを張って、のんびり読書を楽しみたい」。さあ、ゆっくりするぞう。と、その前に有名な首里城に行きましょう。ちょっとは「観光」もしたいじゃない(笑)。
      
  • 首里城は那覇市内にあります。バイクなら那覇中心部から20分ぐらいかな。
      
  • 首里城は今では広域公園になっていて、いくつも入り口があるんだけど、古式にのっとって守礼門から入ります。琉球王朝時代の首里城訪問正規ルート。


守礼門にて。
赤瓦を白い漆喰で固めた、琉球の伝統的建築法です。

  • この首里城、琉球王の住む本体はかなり小高い丘の上にあって、そこまでは何層もの城壁で守られてるんだ。従って、有名な守礼門のほかにもたくさんの門がある訳。しかも一つ一つに沖縄の守り神「シーサー」が鎮座してるんだよ。


城壁は何層にも渡り、いくつもの門を越えていきます。
シーサーって狛犬(こまいぬ)みたいなもんだね。

  • いよいよ琉球王が暮らしていた本殿に到着。広場のつくりといい、色彩感覚といい、大陸の影響を受けているのが分かるよね。この本殿のモチーフは「龍」。中国大陸でも龍を神格化する事は多いけどさ、なんと数えただけで、33対もの龍が居るんだよね。本殿だけでだぜ。屋根にも鯱鉾(しゃちほこ)の代わりに龍が。しかもよく見ると龍の足の指は全て4本。中国のは必ず5本だから、ちょっとずつ違ってるんだよね。大和文化と大陸文化の融合ってヤツだね。


首里城本殿。
前の広場が本殿に対し直角じゃないのは、
臣官が整列した時に、王から全ての顔が見えるようにとの配慮なんだって。

  • 実はこの首里城、城壁の石積みの一部を除いて、最近になって復元されたもの。太平洋戦争末期の沖縄戦で、アメリカ軍に滅茶苦茶に壊されたのだそう。沖縄って国内で唯一、地上戦が行なわれた場所だもんなぁ。鹿児島の知覧特攻平和記念館以来、敏感になっちゃうよ、戦争には。静岡も空爆は受けたみたいなんだけど、地上戦とは全く違うもんなぁ。知覧とか沖縄とかにおいては、太平洋戦争は過去のものじゃないんだよ。
      
  • 首里城を後にして、沖縄本島西部を海沿いに南下。沖縄県糸満市の名城ビーチにやってきました。沖縄ではほとんどが有料ビーチなんだよ。その代わり掃除が行き届いていてとてもキレイ。ここはキャンプも可能です。ゆっくり本を読むんだもんね。とりあえず2泊分のお金を払う。一泊450円+テント持ち込み料1000円也。オフシーズンなんで、テント張ってるのは、おいら一人だけ。


沖縄県糸満市の名城ビーチにて。
砂は珊瑚が砕かれて出来たもの。
こんな風景が貸し切り状態です。最高。

  • 午後2時過ぎから日没まで浜辺に出てゆっくり読書。最高のリゾート気分。那覇市内で太平洋戦争に関する本を買ってきたので、それを読む。波の音だけ。最高の贅沢だよね。


名城ビーチの日没。
息を呑むような色。浜全体が赤く染まります。

2001-11-29(木)

  • 朝6時起床。今日もいい天気。昨日はゆっくりと読書出来たし、しかも今まで知らなかった沖縄戦の詳細についても資料が読めたし。今、那覇の町を見ると普通の「日本の都市」だけど、つい55年前は凄惨な戦場だったし、そもそも本土に復帰したのなんて1972年の事。おいらが小学生の時じゃん。それまでは渡航にパスポートが必要だったんだよ。


一夜明けた名城ビーチ。
今日もいい天気。
海岸部は天候が悪化すると危険なので、
海から離れたところにテント張ってます。

  • 名城ビーチからバイクで10分ほどの、ひめゆりの塔へ。入り口で生花を買って、献花。資料館に入ってゆっくりと展示を見るも、声も出ません。知覧特攻平和記念館とはまた異質の戦いが、ここにはあったのです。いや、根源的には同じなのかも知れませんが。伝聞でなく自分の目で見、自分の心で感じて下さい。おいらは上手く伝える自信がありません。日本人なら一生に少なくとも一度は訪れるべきです。今はちょうどタリバン騒ぎでアフガニスタンが大変な事になっていますが、如何なる理由があろうと、戦争は避けるべきだと思います。
      
  • 続いて、ひめゆりの塔から程近い、平和祈念公園へ。やはり戦争の凄惨さに声もありません。ニュースと違い、他人事では済まされない戦争の姿がここには有ります。自分の子供には必ずここを見せようと思いました。この公園に付帯する資料室で、ここでしか入手出来ない沖縄戦の資料(主に生き残った方たちの手記集)を購入しました。


平和祈念公園にて。
写真は、旧日本軍の魚雷。

  • 早々に名城ビーチのテントに戻り、平和祈念公園で購入した手記集を読む。信じられない。まさに地獄絵図。それもたった55年前の話。全て読みました。今夜はいろいろ考えてみます。寝られそうに有りません。

【つづく】

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